Saturday, November 7, 2009
kml:


thinkupstudio:

SEPTEMBER SHOW 2008
handa:

dunk anyone? Photo | TrekEarth

憂うべきなのは、この学校教育と言う名の社畜養成課程で築かれた刷り込みがメディア(マスコミ)によって更にreinforce(強化、増強)されてる点。以前頂いたコメントにあったけど、日本では「風邪でも休めない人のために」なんて薬のCMが流れているらしい。そんなの子供や学生が見たら「ああ、風邪引いても休めないくらい仕事様wって神聖なんだ。社会wって場所では健康を損なっても仕事様を優先しないといけないんだな」って無意識のうちに刷り込まれてしまうだろ?

この手のメディアによる社畜養成推進は枚挙に暇がない。まさにそこら中「教材w」だらけだ。「24時間戦えますか?」なんてバカ言ってるRegain(リゲイン)もそうだし、「サラリーマン金太郎」やら「課長島耕作」の仕事様賛美wとか。何せ社畜は根性論、精神論に訴えて「理不尽だらけの我慢大会で頑張ってる俺カッケー」って溜飲を下ろすストーリーが大好きだからな

学校教育+メディアが社畜御用記事を垂れ流し続ける罪。 ニートの海外就職日記

* プライドが高いから最後までできない…最後までやり遂げたが故プライドが無くなってしまうのが怖いな、自分は。だから最初に挫折する。

私としては、この「プライドが高いからできない」という言い訳を自分に許してしまうことが「プライド」のネガティブな側面だと受けて止めています。もちろん、プライド(誇り)を自分が立つ杖として用いるのは素晴らしいことなのですが、実際には自分が行ないたい、行なった方が良いというものを「プライド」が邪魔してしまうのはいかがなものかと思います。

こんなときは、「なぜ、そのプライドをなくしてしまうのが怖いのか?」「そのプライドによって己れの何が支えられているのか?」を問いかけて見るのが良いかと。プライドの価値は己れが与えるもので、他人が与えるものではありません。もし、そのプライドが己れにとって非常に価値があるのならば、「プライド故に行なえなかった」ことは「挫折」ではありえません。「プライド故に行なえなかった」ことが「挫折」であるならば、そのプライドは己れを支える役に立たない偽物のプライドなのだと思います(プライド故に行なえなかったことを後悔するのは人間として当たり前の現象でしょうが、挫折と感じるならば、本当はそれをやりたかったわけですから、そのプライドは持つべきものじゃないのです。)

プライドが高くて困っている人は「とりあえずやり終えてみる」をモットーに! - 発声練習
Friday, November 6, 2009
mfs:


classics:

inky:

Melt-Banana


girl+bass=huge crush

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Melt-Banana

girl+bass=huge crush

Thursday, November 5, 2009
kml:

at the corner (via *helmen)
yoppa:


nevver:

Yellow Fever